戦況が悪いので助っ人として向かうようにとお達しがあった。暗部として、名に恥じぬよう暗躍するという形でカカシは戦闘に貢献していた。
「あー、まじ戦況悪いなあ。」

暗部仲間が木の上から戦場を見渡していた。まあ、言わずもがな、だろうなあ。だから俺たちが助っ人してるんだし。

「聞く話によれば、なんでも下忍まで駆り出されてるらしいぜ。」

その言葉に、面の下でほんの少し動揺した。だが仲間に気付かれる程ではない。

「木の葉も落ちたものだな。下忍風情に戦場で何ができる。」

自分の声とは思えないほど冷徹に言った。仲間は苦笑いして、確かにねぇ、と俺の言葉を肯定した。
イルカは、来てないよな。下忍に合格したと聞いてから、そんなに月日は経っていない。下忍が戦場に駆り出されるとは言っても、その下忍はそれなりに場数を踏んだ者に違いない。何を危惧することがあろうか。
その時、仲間内の式が飛んできて伝令を伝えた。
前戦にいた上忍たちが敵の罠にはまって思った以上に被害を被ったらしい。作戦では前戦で上忍同士でぶつかり、後方では中忍の残党を狩るということだったが、これでは一時撤退して態勢を立て直すしかない。木の葉の精鋭が何をしている。
俺は苛々としながら後方支援にいる木の葉の仲間を見回る任に就いた。

 

後方にいた者たちは、伝令を聞いて撤退を始めているようだった。ま、普通の判断だったらそうするだろうなあ。どう考えたって今回は負けだ。次に活かすためにここは引くべきだ。引き時を見誤ると余計な死人を出す。木の葉の仲間を犬死にだけはさせたくない。
俺は未だに、人の死に、傷に対して敏感だった。それでも、暗部の面を着けている時は冷徹になれた。自分ではないから、自分に仮面を付けて自分でなくなるから。
だが、救える命は救う。この気持ちだけは、譲れない。
ふと、戦場で拙い忍びの足音を聞いた。ぎこちない足音。怪我をしているわけではなさそうだ。だが忍びらしくなく、慌てて、まるで素人のように、
そこまで思ってはっとした。
下忍かもしれない。
俺は足音のする方へと向かった。
2人の少年少女が走っていた。その表情は必死だった。敵に追われているわけではなさそうだが、どうしてそんなに必死になっている。

「おい、どうした?」

暗部のままの姿を現すと、2人は硬直した。

「怯えるな。お前たちは同じ木の葉の者だろう。何を慌てている。」

「お、同じ班の上忍師と仲間が、敵の上忍に襲われて、上忍師が怪我して、仲間は足止めするからって、」

少年が息を乱しながらも懸命に伝える。余程慌てているのか、ハキハキとした戦場の伝令の任務報告とは雲泥の差だったが、状況は理解した。伝令を聞いたならばすぐに撤退すれば良いものを、下忍を引き連れてどうにかなる戦場ではない。その上忍師、判断を見誤ったな。

「馬鹿が、」

俺は舌打ちした。2人がびくつく。まあ、暗部ってだけで普通はびくつくよなあ。

「お前たちは後方にいる救護班の元へと行け。この戦は撤退するだろう。」

俺は巻物を手に取ると指を噛んで血を滴らせた。そして巻物に血を載せると印を結ぶ。
ぼんっ、と煙が上がって忍犬たちが出てきた。

「お前たち、この2人を援護して救護班までついていけ。ここはまだ安全だがいつ敵が襲ってくるとも限らない。」

忍犬たちはそれぞれ吼えて返事した。俺は2人に向き直った。

「お前たちも、死にものぐるいで走れ。いいな、行けっ。」

言うと2人は走り出した。忍犬たちが2人を守るように囲んで走っていく。あの2人、大分息が上がっていたようだが、ここで休めばまた危険がやってくるとも限らない。安全な域までひたすら走らなければ、命の保証はないのだ。辛くとも、走り抜けてほしい。
そして俺も走り出した。上忍が怪我をしたとなると、下忍の一人が援護をしていると言うことか。それとも、闘っているのだろうか、敵の上忍と。だとしたら、もう...。
いや、最後まで諦めはしない。死体を見るまでは、まだ息があるならばなんとしても助け出す。仲間は、死なせないっ。
俺は力強く跳躍した。

 

キーン、と金属の音が聞こえた。闘っている、どこだっ!?
俺は辺りを見渡す。どこだ、どこにいるっ。
また金属音がして、それは林の中だと悟った。そして林の中に突入する。障害物の多い林を戦場に持ってきたか、危機的状況の者から見れば、相手の攻撃を拡散させるいい手だが、援護に向かった俺にとってもちょっと探しにくいな。だがまだ生きているのだ。それだけは確実だ。なんとしても助けなくては。
ふと、話し声が聞こえた。戦闘で会話など非常識な。だが耳を澄ませると、それはなんだか聞き覚えのあるような声で、俺の心臓はばくばくと早鐘を打つようだった。
やっと当人たちの姿を肉眼で確認して、俺は木の陰から様子をうかがった。すぐに助けることもできたが、敵忍を油断させて一気に決着を付けた方がいい。下手に出て行って人質でも取られたら元も子もなくこちらが不利になる。

「お前、下忍にしてはいい腕だな。ここで死ぬには惜しいよ。」

「うっさいなっ、お前に殺されてたまるかってのっ、バーカっ」

敵を煽ってどうするよ。勝機があれば煽ったっていいけどさ、どう見ても自分、不利だろ、下忍君。

「いたぶるのも飽きたし、死ぬかぁ?」

なんでもないように言って敵が動く。俺はその油断しきった敵忍の首めがけて、太刀を浴びせた。
敵は俺を目で確認することなく、首を飛ばされて絶命した。上忍でもまだ経験不足の部類の上忍だったな。周りの状況をもう少し見ていれば、もうちょっとましな死に方できたかもしれないのに。

「あの、」

後から声がした。けれど、振り返りたくはない。だってまだ、約束の時じゃ、ない。
俺はため息を吐いた。それでも状況を報告しなくてはならないし、上忍師とやらがまだどこかで倒れて助けを求めているかもしれないのだ。

「下忍、お前の仲間は保護した。今は救護班の元へと向かっている。お前の上忍師はどこだ?報告では怪我をしていると聞いていたが。」

振り返って感情のない声で言うと、声の主は顔を引き締めた。

「上忍師はここから南西方向で倒れています。生死は不明であります。」

「了解した。お前も付いて来い。ここはじきに敵の地となるだろう。」

「はっ、」

ハキハキとした受け答えにこちらも引き締まる思いだった。イルカ、がんばってるんだね。

 

俺たちは上忍師の元へとやってきたが、上忍師はすでに事切れていた。部下の下忍たちを守って殉職か。これで英雄の仲間入りというわけだ。くそっ、死ななくてもいい状況だったんだろうに、やるせなかった。だが、こうなってしまっては仕方ない。もうすぐここにも敵がやってくるだろう。死体は、ここで処理しなくてはならない。

「下忍、この上忍師に家族はいるのか?」

「いえ、聞いた限りではいないと思われます。」

「了解した。ではこれから死体の処理をする、離れていろ。」

淡々と言うと、イルカは言われたとおり、下がった。俺は火遁、豪火球の術で上忍師の身体を完全に燃やした。ここは戦場だ、里に連れて帰るわけにもいかない。だが放っておくわけにもいかない。忍びの死体には、その里の情報が詰まっているから。だから冷酷に思われようとも、処理しなくてはならない。
ただ、スリーマンセルで共に任務をこなしてきた師である男をこんな風に燃やされては、あまりいい気持ちではなかったろう。
処理が終わると、イルカが俺に近寄ってきた。そしてそっと俺の手をつかむ。

「先生を、木の葉の忍びとして辱められることなく昇天させていただき、ありがとうございます。」

振り返ると、イルカは優しく笑みを浮かべていた。

「イルっ、」

だが俺が言おうとした言葉は、最後まで言えなかった。イルカは、薬指を自分の唇に宛てがい、

「指切り、」

と言ったのだ。
俺は硬直したが、自分もかぎ爪を付けたままの薬指を、面の上から唇のある辺りに押し当て言った。

「げんまん、」